あらすじ
むかしむかし、あるところに
エウリュディケという美しい女がおりました。
海辺に佇む家の、二階にある海に面した部屋の
窓から覗く顔はぼんやりと青白く、
窓から吹き込む潮風に揺れる長い黒髪は
まるで人魚姫のようで、漁師達の憧れでした。
エウリュディケの世界は、
退屈な小部屋だけでした。
年季の入った家はそこらじゅうで軋む音がし、
父親が鼻を啜る音すら聞こえるほどでした。
床板のペンキは少し剥げていました。
カビが生えているところもありました。
エウリュディケの毎日は、
閉ざされた曖昧な小部屋で繰り返されていました。
むかしむかし、あるところに
美しい人魚がおりました。
人魚は自分がなぜここにいるのか、
誰が為に存在しているのかもわからず、
いつも海を眺めていました。
ある日聞き慣れた声が聴こえてきました。
歌も聴こえてきました。
嵐と船乗りの歌声に誘われ、
波の迫る岩壁へと歩き出します。
人魚が水面に顔を出すと、
青白い顔の娘と目が合いました。

彼らが育ったのは、閉鎖的な港町だった。漁師たちの方が稼ぎが良く、そのため発言力も農民より強かった。
その昔、町で唯一の商船“アルゴー号”が活躍していた頃は、海沿いの市場は異国の物で賑わい、だれでも自由に夢をみることができた。
アルゴー号無き今、この町の息苦しさはいっそう若者の希望を霞ませた。
コメント
脚本・演出蜜野 なつ
二年もの時間、一つのテーマに向き合い続けたのは初めてでした。娘として生まれたこと、女性として20代を過ごしたこと。 この世界を歩いてきたこと。それらを解決する為にもこの作品は必要だったと感じています。
「pupa」には北欧神話やギリシャ神話の名前を散りばめ、現代人が直面する問題をファンタジーとして描きました。 性別や生まれによって定められる役割や固定観念に問いを投げかけるのは、戦後から三世代ほど巡った私達の運命だったようにも思います。
肉体は牢獄でありながら、しかし精神を象るのは思い出の中の景色や、歌い紡ぐ言葉なのだと、物書きのはしくれとしてお伝えしたいです。 あなたの美しさは、あなたのものだということを。いずれ消えゆくそれは、誰かの瓶を静かに満たすでしょう。
私の戯曲はいつも、思いもよらない自分を写しとってくれます。 ほとんど無意識の中から編んだ物語は、役者、音楽、制作チームのそれぞれの視点から解釈がなされ、一つの美しいタペストリーになりました。 空想の王国を持つ者として、これ程嬉しい事はありません。
本作の制作に携わったすべてのスタッフ、並びにご出演・ご協力いただいた皆様に限りない感謝を申し上げます。
これをゴールとせず、新たな物語を編み始める所存でございます。
イゾルデ役 座長手島 アリサ
まだ上演されていない演目をサウンドトラックとしてお披露目するという事は、私にとって新たな挑戦となる経験でした。
実際に人が動いている様子を音だけで表現する事は想像以上に難しく苦労したと同時に、身体と声が深く繋がっている事を改めて実感しました。 特にイゾルデという役は本音と建前をよく使い分ける性格なので、微妙なニュアンスひとつで見え方が変わってしまう事に気を遣っていました。 中でも「町で一番の美女」歌中の会話は表現が難しく、収録直前まで何度も何度も繰り返し練習した記憶があります。
経験値豊富なゲストの皆様をお迎えして、新しい表現を一緒に模索して頂き大変重厚な作品を作り上げる事が出来ました。 収録されていない部分の脚本も、頭から終わりまで幾度となく話し合いを重ねてブラッシュアップした抜けのない作品です。
歌やお芝居を通して、作品全体のことも感じて頂けましたら幸いです。
エウリュディケ役束本 愛
日々何気なく声に乗せている様々な感情を、自覚的に表出することの難しさに直面した作品でした。
呼吸や、音の高さ、喋るスピード。
一つ一つ大きな余白があり、どんな色をのせるかで無限の可能性が広がります。
私は頭が固い未熟な画家で、一人で美しい絵は作れません。
パワー溢れる脚本や楽曲と、演出、演者の豊かな表現で彩られた素晴らしい作品に、一筆、自分の色を置けたことを光栄に思います。
是非一緒に、描かれた世界に没頭していただけたら幸いです。
作曲原里 穰
負の感情を背負った音楽を作るのが好きです。 キャラクターたちがどれだけつらく寂しく憎らしい気持ちを抱いて歌っているのか、想像しながら曲を作ると、湯水のように様々な旋律が浮かんできます。
蛹では、多彩な登場人物たちが多様な悩みや悲しみ、人生の儘ならなさ、取り返しのつかない後悔を歌い上げます。それはもう楽しい創作体験でした。
このアルバムを聞いてくださったみなさんの心に、彼ら彼女らの負の感情が音楽の形で残れば嬉しいです。
サウンドエンジニア小澤 貴大
サウンドエンジニアのあるべき姿を考えながら挑んだ作品です。
これまでの作品では主にセリフや歌のレコーディング、そしてそれらと音源ライブラリをミキシングすることで楽曲制作を行ってきました。
しかし本作では声の表現に加え、各種楽器によるアンサンブルのレコーディングや、自身のコーラスパートへの参加、ソフトウェア音源も音作りから見直しを行い、積極的にブラッシュアップしていくことで、サウンドディレクション全体に深く関わることになりました。
演者の表現と用意された音素材を最適化し、作曲者やプロデューサーの意図を体現することも、エンジニアとしての大切なミッションですが、エンジニアである以前に、自身も表現を紡ぐ担い手のひとりである。
そんなことを改めて実感しながら携われた作品になったと思います。
ミュージカルは歌唱やセリフの表現が最も重要です。それは揺るがないと思っています。 ただ最後まで聴いた後に、出来たらもう一度だけ、今度は背景や楽器の動きにも耳を澄ましてみてください。
また違った表情が見えてくるはずです。